「伊達軍の野菜を取って来いだって?」
「そうじゃ!」

 女中から差し出された豆大福を一つまみした後、娘は今回の雇主にあたる北条 氏政の言葉にオウム返しで言った。
 娘の名前は。一応は腕の立つ忍者なのだが、口の中でモゴモゴとさせるその態度は、主に対する忠義など微塵も感じさせない
 もっとも、氏政は愚痴をこぼすものの、いちいち諫めることはない。

「伊達ったら、『あの』独眼竜でしょ? しかも野菜目当て? 冗談キツいよとっつぁん
誰がとっつぁんじゃ!! と…ともかく、お主の腕を見込んで頼んでおるのじゃ」

 こんな事で見込まれてもなぁ…、とは内心でぼやく。まあ、随分平和で、変に意気込む必要もないから、楽といっては楽だが。
 …って、待てよ? はふとある疑問が脳裏に浮かんだ。

「…そういや、北条には風魔さんがいるじゃないの。わざわざあたしを雇わんでも、彼にやってもらえりゃいいじゃんか」

 忍は里によって身の振りが違う。例を上げるなら、一人の主君に忠義を尽くす里もあれば、その場限りの『契約』として任務を遂行する里もあるのだ。
 は後者であり、風魔――風魔 小太郎は前者で代々北条家に仕える忍だ。しかも彼は『伝説の忍』と名高い。本来ならばわざわざを雇う必要性はないのだが。
 氏政曰く、風魔は別任務の為不在であり、また以前に風魔以外の忍に野菜奪取を命じたのだが、あえなく失敗したらしい。
 一度失敗した以上、下手に自分の忍を送れば伊達に不信感を持たせてしまう。そこで、北条はもちろん、どの軍勢にも属さないの里に依頼をした、という訳である。

 雇われた理由は理解したものの、どうしてわざわざ伊達印の野菜を食べたがるんだ。には皆目見当はつかなかったが、詮索する必要はないだろうと思い、残った豆大福を口に詰め込んでから、単身摺上原(ここに伊達印の野菜があるらしい)へ向かったのであった。




「うーん…どうしたもんかなぁ…」

 それなりに生い茂った木の上で、ポツリと呟くの視線の先には。

「小十郎様! 大根の収穫が終わりましたぜ!」
「御苦労だったな。テメェらが手伝ったおかげで、今年もいい野菜ができやがった」

 数人の部下と共に、いくらか土の付いた大根を片手に持った、『竜の右目』こと片倉 小十郎がいた。どうやら野菜の収穫を終えたらしい。
 見たところ、畑には大根だではなく、人参、南瓜、きゅうり、茄子、白菜、などなど、実に様々な野菜を育てているようである。
 それだけならまだいい。しかし、農園を囲むように、対侵入者用に仕掛けが施されていたのだ。
 どんだけ厳重警備な野菜畑だろう。大判小判ザックザクな財宝ならまだしも、野菜って。いや、逆に言えば、そこまで狙われる程に美味い野菜なのか?
 散々考え込み、が出した結論は。

「……しかたない。正攻法で行こっかな」

 ぶっちゃけ野菜の為だけにあのワナワナ天国を破るのがメンドいは、ひとまず夜が更けるのを待つことにしたのであった。




 戌の刻――現代で言うところの午後8時を回った頃、血気盛んな伊達軍を率いる青年・伊達 政宗は、自室にて一人晩酌をしていた。

「…覗き見たぁ、随分tasteless(悪趣味)だなァ」

 目線は酒から離さずに、天井から現れた『殺気のない気配』にそう告げれば、

「いやぁ、なかなか一国の主に話しかけるキッカケがないもんだからね」

そんなノホホンとした言葉と同時に、特に動揺した素振りもなく、が政宗の正面に姿を現した。

「見ねェ面だな。武田の忍や上杉の忍って訳じゃなさそうだが…Who are you(何者だ)?」
「最後のは何言ってんのか分かんないけど、確かにウチの里は特定の陣営に属してないよ。」
「ほう…で、俺に何の用だ? 房中術の修行にでも来たってのか?」

 ニヤリ、と口の端を上げる政宗に、しかしは苦笑いと共に否定する。

「んー……その期待は裏切るけど、ちょいと…何つーか、許可をもらいたくて」
「許可? 何の許可だ?」
「伊達印の野菜を持っていく許可。」
「ハァ?」

 突拍子もなく言われた予想外の発言に、思わず間抜けた声を出す政宗。
 が言っていた『正攻法』とは、伊達軍の総大将に直接許可をもらって、野菜を頂戴するというものであったのだ。

「いや、最初は忍らしくかっぱらって行こうと思ったんだけどね」

 忍のくせに、何故堂々と頼み込んでいるのか。心底そう思った政宗が疑問を投げ掛ける前に、は世間話の如く喋り出した。

「実はとある人から、『どうしても伊達印の野菜が食いたい』って依頼が来たもんでね。来てみりゃあ、野菜畑の周りに罠・罠・罠! 強引に罠を抜けて、畑を荒らしてまで盗れば、野菜を傷めちゃうからさ。
流石にそこまでしたくないし、つーかメンドいし、いっその事一番偉い人の許可もらった方がいいと思ったの」
「……また野菜か…」

 過去に野菜の為だけに葬竜陣に仕掛けてきた、幸せなおしどり夫婦を思い出し、政宗は思わず頭を抱えた。
 どんだけアイツの野菜は大人気なんだ。確かにdelicious(美味い)だけどよ…。

「……なあ、アンタ。まさかそれだけの為だけに、此処に来たのか?」
「うん。ウチの里、最近戦絡みの仕事が来ないからさぁ。これでもまだマシな方よ? 前なんか、本願寺主催の肝試し大会でお化けに扮して日当もらったからね!」

 それは最早ただのアルバイトである。どんな忍だ。というか、どんな忍の里だ。アルバイトで生計立ててる里って。
 だが。
 部下の誰にも(特に小十郎に)気付かれる事なく、ここまで来たということは、相当の手練だろう、と政宗は推測する。
「まあ、それはさておいて」はサラリと話を戻す。

「出来れば野菜をもらいたいんだけど、持ってっていいかしら?」
「Ahー…持っていって構わねぇぜ。話はつけといてやる」
「やたっ! 話が分かるぅ!」
「ただし」

 政宗はそこで、手元にあった煙管をに向けて、話を続けた。

「明日一日は俺に付き合え」
「えっ命令形ですか?」

 有無を言わさず、というぐらいに完全な命令形である。そして、左のみの強いまなざしは、拒否する事を許さない、と言わんばかりだ。
「……いや…まあ、いいけど」が答える。

「決まりだな。明日、日が昇る頃になったら、この部屋に来い。You see?」
「承知しましたー。ンじゃまた明日ね」

 異国語はサッパリ分からないが、話の流れで返事をしたは、ほんの一瞬で姿を消した。
 政宗の思惑は読めないが、まあ構わないだろう。別に腹の探り合いをしに来た訳でもないし、彼が何を考えようと自分には関係ないのだから。
 ああ、でも面倒臭いなぁ…。
 月夜に照らされながら、最早ただのなんでも屋になっている忍は、深く溜め息を吐くのであった。



―続。―



突発的に思い浮かんだシリーズ物ー!
元ネタは小学生の頃読んだ『半●忍法帳』。夢主のデフォ名も、この漫画のキャラから取りました。コミックスも持ってます。
話変わって、これ書くにあたって、Wik●で一応、戦国時代の忍者についても軽ーく調べました(あくまで『軽く』)。
まぁ、この話にちゃんと生かされてるかどうかは我ながら疑問ですが。(ダメじゃん)
こんな感じの話ですが、ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

2007.03.26 柾希