草木も眠る丑三つ時――というには遅い、卯の刻。現代で言うと、午前5時半頃といったところだろうか。 うっすらと東の空が明るくなる中、は静かに伊達の屋敷に潜り、奥州の若き竜の寝室へと訪ねた。 「伊達 政宗殿ー。昨夜の忍でーす」 随分と緊張感のない声(勿論小声である)と共に、了承もなしに、スッと障子を開けると。 「Good morning.遅かったな」 既に支度を済ませていた政宗が、胡座をかいていた。 縹色(はなだいろ)の小袖に同系色の袴、といった普段目にする戦装束とはおよそ違った服装であったが、悠然とした物腰はまさしく国を統べる者のそれである。 彼特有の堂々たるその姿に、は一瞬見惚れたもののすぐさま我に返り、部屋に足を踏み入れた。 「えーと、一日付き合うとか言ってたけど、何処に行くの?」 「Well……まずは誰にも見つからねえように、こっから出る。その先のこたぁ、後で言う」 「承知ー。それじゃあ早速…」 「ちィと待ちな。その前に」 行動に移そうとした矢先に止められ、首を傾げるに政宗は更に口を開いた。 「What's your name(何て名前なんだ)?」 「わ…わっちゃね?」 今までと違い、異国語のみのその言葉の意味が掴めず、疑問符を浮かべる。 異国語をまったく知らぬには、意味を予測することができないのだ(もっとも、この国の大抵の人間がそうだろうが)。 そんな彼女に、政宗は特に悪びれた様子もなく、言葉の意味を教えてやる。すると、は自分の手をポンっと叩いた。 「ああ! そういや言ってなかったっけ。あたしはよ」 そう、名を名乗ると、政宗は「OK」と小さく呟いた。 「着いたぜ」 「………あの、伊達さん。何コレ?」 政宗に連れられ到着した先の風景に、信じられない、といった眼差しを政宗に向ける。 「An? 上田城に決まってんじゃねえか」 「いやそーいう事を聞いてるんじゃなくて。奥州筆頭が、何簡単に敵の領地に訪れちゃってんの」 そう。此処、上田城は、武田軍の武将真田 幸村が構えている城だ。 どの軍にも属さないでも、伊達軍と武田軍の対立は知っているし、敵の領地に踏み込む危うさも知っている。 にも関わらず、政宗のこの余裕の態度は一体なんなんだろう。 その答えは、別の所から聞こえてきた。 「ウチと伊達軍は今、同盟を組んでるからねー」 「!」 上を見上げると、大木の枝に座り込んでいた猿飛 佐助の姿。佐助は二人の前に降り立って、以上に飄々とした様子で声をかけた。 「早かったね、竜の旦那。まだ辰の刻だよ?」 「Ahー…たまにはな」 「ふーん、珍しいねぇ。で、この子は?」 に視線を向ける佐助の目は好奇に満ちている。は、頬を掻きながら、 「あー…あたしはです。葉隠の忍やってます」 「葉隠の? にしては随分堂々としてるじゃない」 まあ、俺様が言えたことじゃないけど、と付け加えながら、佐助はなおもをジロジロと見る。 ちなみに、の格好はいつもの忍装束と一転して、至極普通の村娘スタイルだ。 「Hey,。葉隠ってのはお前の里か?」 「うん、まあね。『自由気まま』と『不暗殺(あんさつせず)』が信条の里なの。 『軍に属さぬ者が力の均衡を崩せば、否応なしに属さねばならなくなる』ってね。だから、ウチでは戦絡みの依頼は、基本的に大将の護衛と潜入調査だけなんだ。 まあ、そのおかげで仕事は少ないんだけど、結構お気楽にやっていけるんだよね」 のその説明に、政宗と佐助は、分かったような、分からないような曖昧な顔になる。 あまりにも自分達の価値観と違うこの忍者が、どうもよく分からないのだ。特に佐助は、同じ忍ながら、今まで見た同業者とはまったく異なる者に驚きと、ありえないでしょ、という呆れがあった。 「はぁー…噂には聞いてたけど、思った以上に変わってるねぇ」 「テメエも知らなかったのか?」 「んー…葉隠の忍は戦に関わらないので有名だけど、それ以外はあまり知られてないんだよねー。 だからこそ、俺様もわざわざ調べる必要もないってわけ」 ま、そもそも真田の旦那や大将のおかげで、そんな暇もないんだけど、と佐助は心の内でぼやく。 「って、なんかうやむやになってるけど、伊達さん。そういやどーして上田城に来たの?」 反れ始めた話を戻すべく、は半ば強引に政宗に訊ねる。 「Oh,sorry(悪ィな).詳しい話は、そこの忍に聞いてくれ」 「はぁ……」 意味が分からない。分からないけど、野菜の為だ、あたし。 そう自分に言い聞かせ、は一旦政宗と別れ、佐助についていくのだった。 「うっわぁ……」 の眼前に見えるもの。それは、無惨に破壊された小屋であった。 佐助に聞けば、これは兵舎の一つだったそうなのだが、先日、政宗と此所の城主にあたる幸村が手合わせした際に巻き添えになったらしい。 そこで、今日は壊した張本人――つまりは政宗に修復させることになっていたのだと言う。 ちなみに、もう一人の張本人である幸村は、佐助曰く、今より兵舎が無惨になるということで、あえて手伝わせないらしい。 「えっ…ってことは、あたしゃあ、伊達さんに体よく押し付けられた?」 「みたいだねー。まあ、頑張ってねー」 アハハ、と軽い口調の佐助をぶん殴りたい衝動に駆られたが、それを堪え、はある決意をして作業に取り掛かった。 絶対に伊達からも依頼料請求してやる、と――。 修復は、至って順調に進んだ。材木と最低限の道具は既に用意してあったし、自身もこの手の仕事は幾度もこなしており慣れていた為、小屋は一刻もしない内に完成された。 「ふう…終わった終わった。さて、どうしよ…」 仕事の完了を佐助に報告すべきなのだろうが、どうやらこの付近にいないようだ。 (気配を感じないし、彼が気配を消していたとしても、終わったのを見れば、姿を現すだろう) ふむぅ…、と顎に手をあてていると。 カサリ…、と草を踏む音と気配が背後から現れ、はゆっくりと首だけを後ろに向けた。 ―続。― アレ、これまた続いちゃった? 最初は前後編にするはずだったのに、長くなったよ柾希さん。 てか、最初はただ単に筆頭と逢引させるつもりだったのに、気付いたらホントに使い走りなアルバイターの話になっていました(ダメじゃん)。 そうそう。今回文中にあった、「自由きまま」と「不暗殺」はBASARA世界でもありえないと思いますが、宇宙の心で見逃してください(笑) さて次回! 果たして夢主は野菜と依頼料をゲットできるのか!? そして、次回でこの野菜編は終わるのか!? ……頑張ります。オス。 2007.04.08 柾希 |