「頼む…昔のよしみで協力してくれ」 人気もなく、鬱蒼とした山林の中。己の眼前で手を合わせ、頼み込む男の姿を、は悠然と眺めていた。 男の名は四井 主馬(よつい しゅめ)。小作人の姿をしているが、れっきとした前田軍の武将であり、加賀忍軍を率いる男だ。 彼とがどのような関係か、それはまた別の機会を設けるとして。 加賀忍軍――上杉の軒猿(のきざる)・武田の真田忍軍と同様に、戦忍で構成されている。しかしその実態は、度々家出をする風来坊・前田 慶次の捜索隊と言っても過言ではなかった。 そんな哀しい立場の主馬の頼みとは、家出した慶次の捕獲協力だった。 「……あのね。あたし、戦忍じゃないんだけど」 頭を掻き、はダルそうにそう開口した。 風の便りで、慶次の勇猛振りは充分に承知している。けれども、忍としてそこそこの戦闘修練を積むでは、返り討ちにあうのがオチだ。 「分かっとる。というか、単純に力を欲するなら、お前に頼まん」 と、主馬はの言い分を悟り、更に話を続ける。 「既に慶次殿の居場所は把握している。拙者はこれから殿とまつ殿に伝えに戻る所存。だが、慶次殿に逃げられては元も子もない。 そこで、お前には殿とまつ殿が着くまで、慶次殿の足止めをしてもらいたい。なあに、別に捕まえろと言っとる訳じゃない。それに、慶次殿は女子には手を挙げん。もちろん報酬は拙者の給料から出す」 「随分早口で捲し立てたわね」 「慶次殿は信濃の上田城におる。頼んだぞ!」 「えっ、ちょっ、待…」 言って、止める間もなく、主馬はその場から姿を消した。 「まーったく…あたしまだ依頼受けるっつってないのに…」 しかも、また上田城、か……。なんだかヤな予感…。 旧友が去った方向を見たまま、は盛大に嘆息したのであった。 ――所変わって上田城。 今は戦もないのか、城下は活気に満ち溢れている。 はこの空気が好きだった。人々の笑顔は、いつ見ても心地良いのだ。仕事で訪れるのでなかったらもっといいのだが、そう言っても仕方ない。 はあ、と溜め息一つつきつつ割り切り、は木陰に忍び込んだ。 さて、標的は何処かしら? と、探し始めたその時だった。 「はれんちでござるぅぅぅっ!!!」 「わわっ!!!?」 何の前触れもなく発せられた大声に、思わず木から落ちそうになる。それをなんとか堪え、声が聞こえた方向へ目を向けると。 「あれは…真田さん…と前田 慶次!?」 茶屋らしき小屋にいる、真っ赤な出で立ちの男と、遠目でも目立つ風貌の男の姿。 なんたって、あの二人が一緒に? いや、すぐに見つかって助かったけど。 幸村と慶次が共にいる理由はさておいて、はとにかく見失わぬよう、即座に彼らの元へ向かうのだった。 「いやぁ、相変わらずうぶだね、あんた」 団子を片手に、慶次はにこやかに笑いながら、隣で赤面している幸村にそう言った。 「『いい人ができたかい?』って訊いただけでそれじゃあねぇ」 「しし、しかし慶次殿っ! そ…そそそ某には、い…色恋など!!」 「あのなぁ…恋ってのは、そんな固く考えるもんじゃないよ。恋は自然と生まれるもんさ」 「さ…左様でござるか…」 うーん…やっぱり奇妙な組み合わせだなー…。 二人の近くまでやってきたは、彼らに見つからぬよう細心の注意を払いつつ、話を聞いていた。 どうやら二人は恋の話をしているらしい。このまま何事もなく、前田夫婦が来てくれれば問題ないのだが……。 「さて、それじゃあ俺はそろそろ行くよ」 って、ちょっとぉぉぉっ! もう帰るの!? 心の中で叫ぶ。しかし何も知らぬ慶次は自らの懐を探り、財布を出した。 ヤバいヤバいヤバいッ! 早く足止めしなきゃ! 慌てて懐から取り出した物を投げ込むと、 「ゲホッ! ゲホッ!」 「け…煙だ…ゴホッ!」 「目がァ! 目がァッ!…」 ああっ、間違って煙玉投げちゃったぁぁぁっ! 真田さんとお店の人まで被害がッ!! ゴメンなさいホントゴメンなさいィィィィッ! 心の中で力いっぱい謝罪する。そして煙が消えかける頃に、は地に降り立った。 「今の煙、あんたがやったの?」 「えと…はい…(間違って)」 「へえ。それで、俺に何か用かい?」 先程の事をさして気にした素振りも見せずに訊く慶次。その時、ようやくの姿を確認した幸村が開口した。 「…殿? そなた、忍でござったのか」 「あ、真田さんお久しぶり。あ、うん。あたし忍だよ」 「えっ、お二人さん知り合い?」 「ええ、前に上田城で仕事した時にちょっと…」 「見つけたぞ慶次っ!」 「見つけましたよ慶次っ!」 ガササッ!「ゲッ、まつ姉ちゃんに利!」 茂みから姿を表したのは、戦国一のおしどり夫婦・前田 利家とまつ。素早く慶次を捕らえたその技は、最早神業と言ってもよかった。 「慶次! 人様に迷惑をかけたらいけませんよ!」 「そうだぞ。長曾我部殿があの大きなからくりを壊されて、怒ってたぞ」 「さあ、帰って説教ですよ!」 「ええっ! 勘弁してよまつ姉ちゃん!」 「なりませぬ!」 前田家のやり取りを茫然と眺めるしかできないと幸村。 ズルズルとまつに引きずられる慶次に、何と言ったらいいのか、分からないのだ。 ……なんというか…すごいな前田夫婦…。 前田家が立ち去った後、は心底そう思う。幸村もまた、彼らの攻防戦(?)に感嘆していたのだった。 そんなこんなで、無事に任務を終えたは幸村としばし言葉を交わし、彼が城へ戻っていくのを見送った。 さて、あたしも報酬もらいに、主馬のとこに行くとすっか。 此処に来る前に感じた予感も杞憂に終わり、が足を踏み出そうとした時だった。 「ちょっと待ってください」 「へ?」 背後から声をかけられ振り向くと、ニコニコ笑顔の団子屋の主人。 「お代をまだいただいてませんが」 「はあっ!? え、あたし団子頼んでない…つか、先刻真田さん払ってたでしょーが!!」 「はい、確かに幸村様の分はいただきました。けれど、お連れ様の分が残ってるんですよ」 お連れ様…? って、前田 慶次かっ!? 「いや、あの。あたしは関係な」 「払っていただけますよね?」 主人の表情も口調も穏やかだった。ハタから見たら、ごくごく普通の光景だろう。 だが、その笑顔からは凄まじい気迫があった。 ―――まさか払わねえたぁ言わねえよな? という、何処ぞの竜の右目のような台詞を言っているような気さえした。 「払って、いただけますよね?」 やな予感ってこれかいィィィィッッ!!有無を言わさない主人の笑顔に、は心の底でそう叫んでいた。かくて。主人の気迫に負けたは。 「ありがとうございました〜」 「うう…懐が寒い……」 予想以上に高かった慶次の団子代を、泣く泣く支払って、心も財布も凍り付いたのであった…。 後日。依頼した張本人と一悶着あったこと(主に依頼料で)は、また別の話である。 ―終。― 今回はノリと勢いの産物になってしまいました。しかも趣味全開でモ武将まで出してました。……けど、やっぱりマイナーですかね? 書いてる本人はものっそい楽しんで書きましたけど。 しかし、今回はいつも以上に長くなってしまいました。短くまとめるって、やっぱり難しい。 2007.06.16 柾希 |