閑散とした春日山を駆け回る影が二つ。後方の影――かすがが放つ苦無を必死に避けながら、前方の影は逃げていた。

「貴様っ! それを返せ今すぐ返せ!」
「冗談! こっちだって依頼なの! いくら相手が上杉の忍だろうが、これは諦められん!」
 と、前方の影――は、振り向きもせず、とにかく地を蹴り野を駆ける。その腕にあるのは、松茸。
 何故が上杉軍のかすがに追われているのか。
 その経緯は、およそ数刻前に遡る。







 今回の依頼主はこの話に直接関係する訳でもないので、「何処々々の某(なにがし)」としておこう。
 曰く。春日山の松茸が美味という噂を聞き、是が非にも食したいという。
 前回(始の巻〜会の巻参照)の事もあり、正直気乗りはしない仕事であるが、まあ流石に前回のように余分な仕事はあるまいと思い、受けたのだ。
 春日山といえば、軍神として名高い名将・上杉 謙信、そして軒猿の存在。だが、今回の仕事は松茸採り。まさか彼らに咎められまい、とは踏んだのだった。

 しかし、甘かった。の考えは、ふしぎな金平糖(蘭丸固有アイテム)よりも、甲斐の茶屋の団子(幸村御用達)よりも甘かったのである。

 松茸採りに勤んでいたは、ふと気配を感じ、採った松茸をさっと後ろに隠した。
 直後、降り立つ一人の忍。日本人離れした、抜群のプロポーションと金の髪。
 彼女の名はかすが。上杉 謙信の『つるぎ』である。
「何者だ」と、抑揚のない声で訊かれ、

「いやぁ、春日山の松茸をちょいと採りに…」
「松茸だと…?」

 ほんの一瞬だけ、かすがの肩が震えたが、は特に気を留めず話を続ける。

「そうそう。春日山の松茸は絶品と聞いてね。是非一度食べてみたくて」
「……せない」
「はい?」
松茸には指一本触れさせない!

 ヒュンッ!

「うわ危なッッ!!」

 何の脈絡もなく放たれた苦無を、は紙一重でかわす。

「ちょ…待って! 落ち着いて! とにかく落ち着いて!」
「うるさい! その後ろにあるものはなんだ!」
「え…ま、松茸」

 ヒュンッ! カカッ!


「うわわわわっ!?」

 再び放たれた苦無を必死に避け、今度はかすがと距離をおく。

「ちょっ…なんで!? 松茸採ってただけじゃない!」と抗議をするものの。
「だまれ! 謙信様の松茸を奪うなど許さない!」

 と、かすがはの言葉に耳を傾けない。そして「松茸は私が守る!」の一点張りである。どう見ても、話が通じる状態ではない。

「さあ、早くその松茸を返せ!」
「くっ…! ここまで来て、おとなしく諦められるもんですかっ!」

 言って、は素早く懐から出した煙玉に火をつける。
 そして煙が立ち上ぼる中、採った松茸を袋に入れ、は駆け出した。









 そして、冒頭の場面になる訳なのだが。
 流石にこのまま逃げるにも限界がある。かと言って、戦忍でないが、手練の忍であるかすがに力ずくで適う訳もない。
 いっそ松茸全部投げたろか、とがヤケを起こしたくなったその時。

「なんのさわぎですか?」

 高い男の声とも、低い女の声ともとれる、凛とした声が響き、とかすがの動きがピタリと止まる。
 そして同時に声の方向に顔を向けると、そこに一人の麗人――『軍神』上杉 謙信その人が佇んでいた。
「謙信様!」と、どことなく嬉しそうな声を上げるかすが。

「わたくしのうつくしきつるぎ……と、そなたはみないかおですね。なにをしているのですか」
「は、はい。実は春日山の松茸をいただきたく、参りました」
「まつたけを…ですか」

 自らの正面に降りてひざまつき、単刀直入に言うに対し、謙信はふむ……と、自身の顎に手をやる。

「…よいでしょう。まつたけならさしあげますよ」
「えっ」
「謙信様、よろしいのですか?」

 呆気ない了承には口を開け、かすががそう問うと。

「ほんらいならば、このかすがやまをあらすなどゆるされざること……。ですが、ことしはとくにあじがよいですから、わたくしたちいがいにもあじわっていただいたいとおもうのです、わたくしのうつくしきつるぎ」
「謙信様…」

 そうして見つめあう上杉主従。その時、には何故か二人の周りに薔薇が咲き乱れているように見えた。
 ――幸せな二人だなぁ。
 二人の世界に入った彼らに対し、は心底そう思った。





 そして、無事に春日山の松茸を手に入れたであるが。

「貴様っ! 謙信様に会いに来たな!」
「違っ…通りかかっただけ……って、苦無は止めて苦無は止めてェェェェッ!」

 しばらくの間、春日山を通りかかる度に、恋のライバルと勘違いするかすがに追いかけられるようになるのであった。


―終。―



久々の忍シリーズです。これ書いてる頃にはもう時期外れにも程がありますが、松茸の話です。
どうも2でまつストーリーばかりやっていたせいか、春日山=まつたけのイメージが強いです。
結構アホ話が多いと思われるこのシリーズですが、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


2007.12.31 柾希