人生は、常に後悔の念が付きまとう。



 幾度も嘆けども、悔やめども、あの頃には帰れない。



 時とは、かくも残酷なものなのか――








「くだらない」
「う"っ。」

 今のあたしの想いを、たった5文字で一蹴されました。

「そんなモノローグ言ってる暇があるなら、さっさと課題を片付けたらどうだい?」

 と、あたしの眼前の男は洋書に目を落としたまま、そう言った。
 ゆるやかにウェーブがかった髪、鼻筋が通った顔立ち、涼しげな目元にかけられた、フレームなしの眼鏡。そんな、周りが放っておかないような美貌もあって、実にエレガントだ。
 ……腹立つ程に。

「半兵衛に言われなくても分かってるよ! だけど、ホラ…ねぇ!」
「『ねぇ』じゃ、理解できないんだけれど」
「…なんかこう…いまいちテンション上がんないのよ手が進まないのよ!」
「……そんなことだから、毎回期限ギリギリの提出になるんじゃないか」

 パタン、と読んでた本を閉じ、呆れたような目を向ける半兵衛に、あたしは再び言葉を詰まらせた。

 あたしと半兵衛が出会ったのは今からおよそ1年前。大学を入学して、少人数制のゼミでたまたま一緒だったのだ。
 ったら、実は3つばかり同じ授業取ってた事が判明して、そっから友人関係が始まった。
 で、今年もまた、とある授業で遭遇して、以来一緒に受けることになったのである。
(ちなみにその理由を聞いたら、といれば、虫除けになる』と、のたまいやがった。あたしは蚊取り線香か。いや、確かにコイツもてるけど)

 そして今。あたしは、その授業で明後日に提出しなければならないレポートを、必死に作っている最中なのであった。
 しかし、いまいちモチベーションが上がらず、パソコン画面に浮き出る文字は一向に増えず。
 これ以上此処でやっても捗らないと判断し、あたしはデータを保存し、パソコンの電源を落とした。

「もう終わるの?」半兵衛が訊ねる。
「んー…これ以上続けても進まないし。帰って一息ついてからやる」
「やれやれ…呑気なものだね…。それで間に合うのかい?」
「『間に合う』じゃなくて、『間に合わせる』だよ。いざとなったら、夜通しするまでよ」

 彼特有の優雅な物言いに、しかしあたしは帰宅準備をしながらサラリと返す。
 ……っと、待てよ…?
 ふと、ある疑問を持ち、半兵衛の名を呼んだ。

「なんだい?」
「半兵衛はあたしに付きっきりだったけど、そっちはレポート大丈夫なの?」

 と、素朴な疑問を投げ掛けると。

「…と一緒にしないでくれないか。とっくに終わらせてるよ」

 明らかに鼻で笑う半兵衛に、あたしはカチンときた。

「どーしてそう癪に障る言い方するかな君は」

 いや、コイツの皮肉は今更だけどさ。けど、やっぱり腹立つもんは腹立つし……って、アレ? じゃあなんで……

、早くしてくれないか。待つのは嫌いなんだ」
「へっ? あっ、待ってよ!」

 脳裏に浮かんだ質問を口にする前に、帰り仕度を済ませた半兵衛に言われ、あたしは慌てて後をついていった。







「どうしてあたしに付いてたの?」
「え?」

 すっかり日が落ちた帰り道。何だかんだで自宅まで送ってもらった時、あたしは先刻抱いた疑問を率直にぶつけた。

「だって、半兵衛は課題終わってんでしょ? なら、あたしに付き合う必要ないじゃん」

 すると半兵衛は、「ああ」と表現を崩すことなく、更に淡々と口を開く。

「虫除けだよ」
「……それ、前も言ってたけど、別にあたしじゃなくてもいいじゃん」
じゃないと、意味がないんだ」
「は?」

 あたしじゃないとダメ? まさか、それって……。
 そこまで考え、あたしは勢いよく首を横に振る。

「いやいやいや、ありえないありえない! 毛利さんが爽やかな笑みを浮かべるくらいありえない!」
「君も言うね。それはおいといて、僕が言ってる意味分かるかい?」
「う"っ…それは……その…」

 その問いに歯切れを悪くすると。
 フウ、という溜め息の音が聞こえた刹那、腕をひかれて形のよい唇があたしの耳元に寄せられた。

「明日までに答えを考えてごらん。正解したら、褒美を上げる」
「――ッ!?」

 ひどく甘い囁き声の直後に軽く口付けられ、顔が一気に熱くなる。
 そんなあたしを、耳から顔を離した半兵衛は愉快そうに微笑みながら解放した。

「それじゃあ、また明日」

 言って半兵衛は、そのまま踵を返し、闇の中へと消えていった。

「な……なな…な…」

 無駄に甘い声色が耳に残ったまま家に入ったあたしは、恥ずかしさのあまりしばし身悶えをしたのであった。




 ああ、もう…ホントにどうしてくれよう、この胸の高まり!



 呼び起こされた意識を抑える手段を、あたしは知らない。



―終。―

一応大学生設定。連載ではんべさん書いてる内に愛着が湧き書いたのですが、すごい中途半端なシメになりました。
現代パロは初めて書いたのですが、思いのほか楽しかったです。

2007.05.26 柾希