それは、ロンド・ベル隊にとって、極々ありふれた光景の一つであった。

「ちぃ、ドジったぜ…!」

 敵モビルスーツの放ったビームライフルがサイバスターに被弾し、サイバスターが地上に墜落していく。

「サイバスター、大破! 機体はC地区に墜落しました!」
(……またか……)

 母艦のブリッジのモニターに映し出されるその光景に、ブライトをはじめ、ブリッジにいたクルーがそんな気持ちを代弁するかのように、一斉に溜め息をついた。






 敵モビルスーツ隊を撃退した後、撃墜されたサイバスターは無事に回収された。
 回収はされたが、その姿は見るも無惨な物で、整備士達は絶句し、思考を停止させる者すらいた。

「ハハ……悪い…」
『それで済まされるかァァァッ!!!』

 渇いた笑いで謝罪するマサキに向けて、整備士達の魂の叫びが発せられる。それもなんとも見事なハーモニーだ。
 只でさえ慢性資金難で苦しいロンド・ベル隊にとって、大破した機体の修理費は馬鹿にならないのだ。しかもラ・ギアス――異世界のロボットとあっては余計である。修理不可能という訳ではないが、ありふれたMSよりも遥かに手間がかかるのだから、整備士達が叫びたくなるのも仕方がないというものである。

「マサキ=アンドー君…ちょおっといいかしら……?」
「………!」

 カツカツカツと緊張感全開の足音と共に、マサキの背後から聞こえる声。恐る恐る振り向くと、そこにはややくたびれた作業着を身に纏った少女が、腕組みをして笑っていた。
 ――いや、笑ってはいたが、口許は妙に引きつり、何より目が笑っていない。
 正にニュータイプも真っ青なプレッシャー。事実、この場にいなかったニュータイプ達も、この時のプレッシャーに戦慄を覚えたという。
 マサキはニュータイプではないのだが、その彼ですら、彼女のプレッシャーに気圧されていた。

「う……」
「なあに、マサキ=アンドー君?」

 ああ、マジで怒ってる。
 ――今彼の眼前で腕組みをするこの少女がフルネームで呼ぶ時は、怒りが心頭している時だ。幼馴染みという、長年の付き合いから彼女の状態が分かるマサキである。
 しかし、その怒りの対処が未だに掴めないのが、彼の大きな不幸と言えた。

「…さて、あなたがロンド・ベルに合流してから、何回撃墜されたか覚えてる?」
「いや、その……」
「…じゃあ、今まで何回出撃したかは?」
「………」

 ばつが悪そうな顔で口を閉ざすマサキに、は静かに嘆息した。そして流れるこの妙な沈黙という物が、マサキには却って恐怖であった。
 そうしてギャラリーが見守る中、幾分かの静寂の後には大きく息を吸い―――

「こん…っの、馬鹿ーーーッ!!」

 叫ぶと同時に、は自身よりも背丈の高いマサキの胸倉を掴んだ。

「この馬鹿! 大馬鹿! 果てしない馬鹿! 出撃回数18回! 内15回が撃墜! なんで毎回毎回同じ事しでかしてんのよ馬鹿野郎!」
「なっ…誰が馬鹿だ!」
「アンタしかいないだろがァァァッ!」
「ひへへへへ!!」

 反論するマサキの頬を容赦なく引っ張る。更に彼女の攻撃は続く。

「ただでさえ今はお金もパーツも足りないのよ! それ分かってて壊してんの!?
ていうか、ここまで壊れる前にさっさと戻ってくるなり、メタスとかダイアナンAの修理受けるなりしろ、こんのスカポンタン!」
「いってぇッ!?」

 と、ノンブレスで叫びつつ、は容赦ないパンチを食らわせ、決して細身の体格ではないマサキを吹っ飛ばした。

「いい? 今度また派手に壊したら、タダじゃ済まさないわよ…!」

 そう言い残し、はスタスタと格納庫から出ていく。残された者達は一部を除き、なんとも激しい彼らのやり取りに畏怖を抱いた。

「ブライトさんの修正ビンタ以上だぜ、ありゃあ……」

 誰かのそんな呟きが、静かになった格納庫内に、嫌に響いたのであった。






 その夜。はサイバスターの前に一人静かに佇んでいた。
 機体の整備は、昼間にやれる分を済ませている。問題はまだ残っているが、明日までにはどうにか修理出来る状態だ。
 そんな時だった。サイバスターの様子を観に来たマサキがの後ろ姿を見つけ、声をかけてきた。

。こんな夜中に何やってんだよ」
息してる。
「…何ガキみてえな事言ってんだよ」
「ほんの軽いお茶目よ」

 の言葉に、マサキは内心で堵する。
 の視線がサイバスターに向いている為、マサキから彼女の表情は伺えなかったが、どうやら怒りはだいぶ収まっているようだ。そうでなかったら、彼女が冗談を言うはずもない。マサキにはその確信があった。
「…悪かったわね」と唐突に、そして本当に小さな声ではそう呟いた。

「ん…何か言ったか?」
「…何でもない」

 の呟きが耳に届かず、素で聞き返したマサキには素っ気なく返し、振り向いたと思えばそのままマサキの隣を横切った。

「おやすみなさい!」

 その表情を見せる事なくはそう言って、格納庫を後にした。勝手に呟いて、勝手に怒って、変なヤツ。それがマサキの率直な意見だった。の態度にはそれ相応の理由があるのだが、女心に鈍いマサキがそれを汲み取れる筈もない。
 それにこうしたやり取りもまた、この二人にとって日常茶飯事であるのだから、彼にしてみれば今更どうこう慌てる程でもなかった。

それに―――。

「お、やっぱあった」

サイバスターのコクピットを覗けば、座席の上にはちょこんと置いてある傷薬。傷薬が入ったその容器は、マサキが幼少の頃から見てきた代物だった。

「ったく…本当に素直じゃねえよな」

「ごめんね」と素直に言えない幼馴染みなりの謝罪に、マサキは一人呟いた。







「…マサキも人の事言えニャいわよね」
「まったくニャ。マサキも素直にお礼を言えニャいくせに…」

 と、物陰から二人の様子を見ていた二匹のファミリアは人知れず溜息するのであった。


―End―




昔書いた幼馴染モノをちゃんと完結させたいと思い、昔のデータを基に、新たに書き起こしてみました。基本的に趣味が暴走しちゃってます。ちなみに「息してる」というやりとりは、私が小学生の頃に流行った屁理屈です。今の子はこんな事言うんでしょうかね。
話は戻して。
そもそものキッカケは、Fのマサキの回避率がもう本当に泣けるぐらいだった事から、それに激怒する子との話を思い浮かんだ次第です。
何故か命中率20%台で当たりまくりだったし。Fで格好よく登場したと思ったら、速攻で撃墜されて、正直泣きたくなりました。
人によっては、「Fのマサキもちゃんと避けるよ!」という方もいると思いますが、管理人のデータでは冗談抜きで避けてくれないマサキだったので、こんな感じの話になってます。
回避率が他の作品に比べ、かなり悪いマサキと幼馴染のあまり甘さのないものになりそうですが、お付き合いいただければ幸いです。

2008.11.13 柾希